2010年4月5日月曜日

書評:「音漬け社会」と日本文化 / 中島義道&加賀野井秀一

中島義道の「うるさい日本の私」(新潮社)を読んだのは、もう10年程前だろうか。街中に溢れかえる音には、かなり辟易としていた私にとって、かの著作は何とも溜飲を下げるものであった。読み進める度に「そう、そうなんだよ、そう!」とうなずくことがとても多かった。この国では、こんなことをしても全く意味が無いと思うようなアナウンスが、エンドレステープで何度も何度も送り出される。空港の保安検査場は、まさにそのような場所だ。例えば「ペットボトル、液体の入ったビンは出せ。コンピュータは取り出せ。底の厚い靴は脱げ。」というアナウンスは、関西国際空港国内線保安検査場では、エンドレステープで流され続ける。その前に、いくつもの説明書きが看板で出されているというのに。駅でも、ビルの入り口でも、とにかく「ああせい、こうせい」と五月蠅いのだ。しかし、そういう感覚は、中島が述べるように希なのかもしれない。誰もが文句を言わないし、それを五月蠅いとも思わないようなのだ。

昨年、書店店頭に並べられた本書を手にしたのは、全くの偶然からだった。海外出張前の空港で、旅行中に読む本を物色していた時の事だった。10年ほど前に怒っていた欧州文化を対象とする哲学者「中島」はどうなったのかが、俄然気になった。10年前から考えると、ますます五月蠅いアナウンスは巷に溢れかえり、一段と丁寧に、かつ、沢山のことを言うようになっている。アナウンスそのものも意味不明なものも多い。明らかに中島の活動は成果を上げられなかったのだ。じゃぁ、彼はどのように総括するのかが気になるのだ。
本書は、やはり欧州文化を対象として活躍する哲学者である加賀野井との往復書簡の形式をとり、議論を組み立てている。そして、この騒音が社会に無批判に受け入れられているのは、日本社会の特性に、まさに「はまってしまった」現象として解き明かされていく。特に、責任回避のためのツールであり、また、騒音をまき散らすことが現実に「善いこと」と解釈される、公共性を持ったメッセージング手法が、個別摩擦を事前回避する方法として編み出されてしまったこと。そして、それがコミュニティに対する和を維持する一つの有力な方法だと考えられていることを議論の中で明らかにしていくのだ。そして、最終的に、この音を社会から減らすのは到底不可能に近い所業であることを明らかにしてしまう。つまり「日本人よ、変われ!」と言っているようなものだからだ。
怒れる中島は何処に行ってしまったのか?と訝りたくなるほど、彼の論理は、自らの敗北を認めつつ、この日本社会が持つ根深い病巣を明らかにしてしまうのだ。大変興味深い論を展開している。
中島の「社会騒音論」を読んだことのない人は、先の一冊「うるさい日本の私」を読んでから、本書を読むことをお薦めする。

 

4 件のコメント:

Bamboo さんのコメント...

そうです。日本って、本当に余分なことや、わかりきったことまで、いちいちアナウンスが入って、うるさいんです。

もう15年くらい前になってしまいましたが、ドイツで、時間がきたら静かに列車は出発し、空港内でもいらないアナウンスはないし、電光掲示板だけ見て歩いていけば十分で、”ちゃんと人間扱いされている”と感じました。

日本で、みんな不自然に感じないのかなぁ、とずっと思っていましたが、ここを読んで、やっぱりそうだったんだ!と思うことができました。

もっとも、ミュンヘン中央駅では、そっくりのロッカールームがたくさん並んでいて自分の荷物が見つからず、列車に乗り遅れてしまいましたが…

sugusugu77 さんのコメント...

Bambooさん、コメントありがとうございます。
そう、そうなんですよ。あのうるさいアナウンスが無いと、本当に「ちゃんと人間扱いされている」と感じることができる。でも、そんな感覚を持っている人は、まだまだ主流派ではないようです。
先日、羽田空港のラウンジで「ちゃんと出発便のアナウンスをしろ。乗り遅れそうになったじゃないか」とクレームしている方がおられました。いい年こいたサラリーマンでした。それを見たときに「なんて自分で時間を管理できないひとなんだろう」と思ったのですが、やはりアナウンスが好きな方も、この日本にはまだまだ沢山おられるようです。
ラウンジでは「周りのお客様に迷惑になるので、携帯電話の使用はお控えください」っていうアナウンスが何度も流されます。「そのアナウンスのほうが、よほど気を悪くさせてるだろう!」って心の中で突っ込みをいれるボクは少数派のようです(笑)

Bamboo さんのコメント...

お返事ありがとうございます。
名乗りおくれましたが気賀の竹平です。twitterの方では、cyberbamboo というID使ってます。
では!

sugusugu77 さんのコメント...

おおっ!ご無沙汰してます。ここは、ゆっくり投稿しているブログです。お楽しみ下さいませ。